陥没事故に災害協定は適用できる?〜緊急の対応スキームを考えてみる〜

道路

(2025年2月2日時点の情報による記事です)

こんにちは、土木公務員ブロガーのカミノです。

埼玉県八潮市の道路陥没で、トラックが巻き込まれてしまうという悲惨な事故がありました。陥没穴は拡大し、インフラ停止の影響も広がっている状況です。

それなのに消防の救助は難航し、ニュースを見てる人からはヤキモキする声が上がっていますね。

Xでは「災害協定」についての話もありましたので、ここでは、自然災害ではない「人為災害」において行政がどのようなスキームで対応するのか考えてみます。私の考えですので、一般論ではないかもしれないし、正解でもないかもしれません。ひとつの市役所側の考えとして参考にしてください。(只の対応案を考えてみるだけです)

一応言っておきますが、個人的には、現場に詳しい建設会社などの民間の力を借りたり、連携したりすることは大切だと思います。意見を聞くだけでも対応の選択肢が増えるというメリットがありますしね。ここでは制度の話をします。

アイキャッチ画像は次の記事から引用しました。
埼玉・八潮の道路陥没、穴が直径40m以上に拡大…運転手救出へスロープ設置工事始まる : 読売新聞

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災害協定を適用できるか?

市役所は災害に備えていろんな団体と「災害協定」を結んでいます。じつは多種多様で、物資提供に関すること、避難所開設のこと、防災訓練の実施のこと、そして、応急復旧に関すること。土木では建設業協会や個別建設会社と締結して、緊急時にすぐに業者さんに動いてもらうための災害協定があります。土木系公務員が扱うときは基本的にこの災害協定のことを言います。では、この災害協定は道路陥没に対して適用できるでしょうか。

答えはノーです。

追記:埼玉県の大野知事が記者会見で「事故発生の当初、災害対策本部を設置してもよいのではないかと考え、議論して内閣府に相談したが、内閣府としてはこういった道路の陥没等に災害対策本部、あるいは災害対策基本法を適用することは想定していない。今からでも変えていただけるのなら、(災害対策本部に)私は変えてほしいなと個人的には思っています」という話をされたそうです。

災害協定の対象となる災害は「自然災害」

そもそも、災害協定は一般的には「災害対策基本法」が適用される災害について定めたものです。つまり、自治体でいえば地域防災計画に基づく災害対策本部が設置された状況のなかで緊急な対応が求められるときに限ります。超ヤバイ災害ってこと。

その対象となる災害は、地震や風水害などの自然災害を想定しています。自然災害(地震・風水害)に準じた災害も適用できるように規定しているのが一般的ですが、はたして道路陥没がここに該当するのかがポイントです。規定しているということは、自然災害以外の何らかの災害によってインフラが壊されてしまう状況を想定しているはずですが、それは自然災害に匹敵するほど広範囲または深刻なものでしょう。たとえば、武力攻撃事態法に基づく災害が挙げられます。私も詳しくないのですが、どこかの国やテロ行為により攻撃されたときでしょうか。

この説明を聞けば、局所的に通行止めが発生するだけの道路陥没には適用できないことがわかると思います

ただし、八潮市の案件は1箇所の陥没ではありますが、流域下水道の最下流幹線が原因であり、影響が広範囲かつ長期的なものです。規模感で言えば、適用できるかもしれません。なお、埼玉県も八潮市も「災害」ではなく「危機」という言葉を使い、危機対策本部を起ち上げています。

現場では応急復旧活動がメイン

もうひとつ大事なポイントは、作業内容です。災害協定で行う作業は、現場の応急処置と応急復旧をベースに、それに伴う資機材の提供や運搬などを想定しています。

八潮市の事故では、まず人命救助が必要です。救助活動は消防がメインで行います。そのサポートを警察がします。必要であれば自衛隊も出ますね。土木部署は救助活動をしません。土木部署の作業内容は制度上は①事故が起こらないように安全措置を取ること、②インフラを応急的に復旧することなのです。もちろん、消防が駆けつける前には喫緊で人命救助もするでしょうがプロ(消防の救助部隊)が来たあとはサポートに徹するはずです。

役所なんだから土木部署も救助活動しろよ!って思うかもしれませんが、役所だから何でもするわけではなくて、組織の中で役割分担があります。病院の受付職員が手術執刀しないのと一緒です。

もちろん建設会社が行う土木作業も含まれますが、災害協定を適用させられるかは微妙です。適用する、しないに関わらず、何らかの土木作業をしなきゃいけない場合は、建前上は「復旧のためには人命救助が必要であり、人命救助のためには土木作業が必要だ」という論理になるでしょう。

初期段階でもっと現場に適したバックホウやクレーンを投入しろよ!と思ったかもしれませんが、上記の理由があります。あとは、崩落の危険性から慎重になったり、専門家から資機材重量についての条件が伝えられていたと想定されます。

現在、陥没現場では建設会社の協力のものと思われるバックホウなどが仮設スロープを整備した段階で、瓦礫やボックスの除去と掘削をしているようです。

カミノ
カミノ

消防主導の救助活動のための土木作業については、誰が発注者となっているんでしょうか?消防?市役所土木課?道路管理者の県?下水道管理者の県?誰か教えてくださーい。

なぜ適用が限定的なのか?

どうして適用が限定的なのか、を説明します。災害協定をもとに業者に現場作業をしてもらう場合は、完全出来高制も可能です。(概算数量を示す自治体もあると思いますが)どれだけ動いたかによって、お金を支払うようなざっくりした指示です。いつもの役所の仕事では考えられませんよね💦

あまり大きい声では言えませんが、災害以外のちょっとした緊急工事でも後付けで施工数量・設計書などを作る慣習はあったりしますが、そのような1号随契・5号随契みたいなことをせずとも、災害協定では「とにかく現場に行ってくれ」が認められるわけです。

そうすると精算が杜撰になってしまうおそれがあるし、悪用しようと思えば簡単にできてしまうのです。なので、本当に詳細設計図書により契約締結をできないくらい人員的にも緊急度的にも余裕のない大規模緊急事態にだけ適用することになってます。

実際のスキームはどうするの?

てことで、災害協定が締結できないケースもあるよ、ということを説明してきました。

じゃあ実際に道路陥没などの対応はどうするのでしょうか。

実際の対応は、①随意契約を当日締結する、②締結済みの単価契約で対応する、③協定(基本契約)を締結する、の3パターンが考えられます。

①について、随契は緊急の5号随契になるでしょう。(5号がそもそも道路陥没などを想定している)

②について、維持管理のために年間の単価契約をやってる自治体も多いです。緊急事案についても対応可能です。単価契約についてはコチラ↓の記事で解説しています。

③について、協定は基本的な方針を決めて、建設業協会など(業界団体)と当日締結します。各業者とは更に協定に基づく個別の契約を結ぶかもしれません。どこの場所で、誰が、何目的で、いくらの作業をしたのか(指示されたのか)が明瞭になるからです。金額は、通常と同じように詳細な施工数量×施工単価で計算するケースと、概算数量で発注するケースと、特別に災害用単価を定めて単価契約にするケースなどがあります。

③のスキームについては、そこまでするなら災害協定でよくない?ってなるし、災害協定を適用できないなら①、②の対応になりそうです。

お堅いスキームの話をなんでするのか?

民間のかたには理解されづらい部分ですが、行政は目的を達成するために根拠をもって仕事することが大前提で、感覚論をなるべく排除して運営しようとしています。それが公的な財布を預かる責務だからです。

だから公務員は法令を守ろうとするし(悪く言えば束縛される)、法令に基づいた計画をつくって計画どおりに実行しようとします。手続き関係もそうです。緊急の現場対応であってもこの考え方のもと動くわけです。

かなり変だと感じる方もいるかもしれませんが、これは変なことではありません。民間の基本思想と異なるだけです。

もうひとつ、正しいスキームでやらないと二度手間になったり、大きな過ちで損害を被ることがあります。そうならないためにも正しいスキームを考えておくことが大事なのです。

八潮市の事故で複雑なところ

ちょっとややこしいのが、救助を担当する消防署は市町村ですが、八潮市の事故のように県道で道路陥没があったら道路管理者は県です。原因者と思われる下水道管理者も県。このズレが初動の連携体制などに影響してしまったかもしれません。もし、市道であれば、市役所同士でやりやすさはあったかも。

あと私も分からないのですが、消防主導の救助活動のための土木作業については、誰が発注者となっているんでしょうか?消防?市役所土木課?道路管理者の県?下水道管理者の県?さすがに消防が土木作業の指示・監督はできないので土木部署が担当しているはずですが…。道路管理者にお願いしてるんでしょうか。ちょっと特殊なケースなんで分からないです。

カミノ
カミノ

埼玉県の危機対策本部会議の資料を見ても、救助活動についてはまったく触れられてなくて、草加八潮消防本部の活動内容になっているんですよね。

ついでに書くと、今後の補償問題も複雑です。たとえば、福岡市博多の事故(地下鉄工事が起因)、調布市の事故(地下のトンネル工事が起因)、広島市の事故(下水道シールド工事が起因)などは施工中の工事が原因なので請負業者と発注者がほぼ全ての責任を負うことになったはずです。その意味でも、今回のような供用中のインフラが原因(と思われる)で大陥没が起きた事例は他に類を見ないかもしれませんね。

カミノ
カミノ

博多の事故のように原因者がハッキリしていて、請負業者もそれを認めてすぐに復旧に取り掛かれば復旧が早いです。

ぜひ、あとからでも対応経緯やスキーム、補償について整理して公表してほしいです。連携面を考える上でも大変参考になると思います。

緊急時に民間と連携するために

最後におまけですが、八潮市の事故では「もっと○○していればよかったのに」という意見が多く飛び交っています。でも、現場ではいつどこが崩れるか分からない状況で、救助隊が穴の中に降りて、運転手に声掛けをしています。ドアは開けられなかったそうで、土砂(舗装版?)が落ちてきて隊員も負傷したと報道されていました。私たちが想像するより現場状況は壮絶なんだと思います。

日テレnewsより引用

ワイヤー1本吊りで破断したとか、大割機のシリンダヘッド壊れたとか、重機やワイヤーなどの扱いは不慣れなのかな?と思うシーンはありますが、仕方なくそうしたのかもしれないし、状況が分からないと何とも言えませんね。

今後は飽和した土木インフラが老朽化や災害で壊れることも増えるでしょうし、土木作業が必要になる救助活動も出てくると思いますので、消防署も民間の建設会社やコンサルから、重機や機材についての使い方や現場毎のアドバイスを受けたり、受援体制を考えたほうがいいかもしれません。

問題点は、信頼できる業者をどう選ぶのか、責任をどうするのか、でしょうか。まずは、責任が掛からないアドバイザーみたいなポジションを平常時から作ってみるとか、試しにできることからやってみたいですね。

では今日はこのあたりで。

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